ことわざ諺の泉2 2009年10月




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ことわざ その1

沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり
 人生には浮き沈みがあるもので、悪い時があればいい時もある。今たとえ不幸でも次に素晴らしいことが待っているかもしれないのでひどく落ち込まなくてもよいということ。

親しき仲にも礼儀あり

 どんなに親しい間柄でも礼儀は必要で節度ある付き合いをしなければならず、遠慮がなくなって礼を失えば仲も悪くなってしまうということ。

酸いも甘いも?み分ける

 酸っぱいものと甘いものを区別して味わいそのよい点も悪い点もよく知っているということで、人生経験が豊かになると人情の機微に通じ世の中の裏も表も知り尽くすようになれる。

捨てる神あれば拾う神あり

 人から見捨てられるようなこともあれば助けられることもあるので、不運なことがあろうと前向きに生きること。

急(せ)いては事を仕損じる
 物事は急ぎすぎるとやり方が雑になり失敗しやすいということで、急ぐときほど落ち着いて行動すること。

前人(ぜんじん)樹(き)を植えて後人(こうじん)涼を得

 昔の人が木を植えたからその木が大きくなり、後世の人が木の下で涼むことができるということで、昔の人のおかげで今の人が楽ができる。

船頭多くして船山へ登る

 一そうの船に船頭が何人もいて勝手に指示を出すと船が山に登るようなとんでもないことになるということで、指示する人が多いと統一がとれず物事がうまく運ばなくなり、見当違いの方向に進んでいくということ。

袖すり合うも他生の縁

 他生とは前世や来世のことで何度も生まれ変わること。知らない人とたまたま道で袖がすり合うようなことも偶然ではなくて前世からの縁があるということで、人との小さな出会いやつながりも大切にということ。

鷹は飢えても穂を摘まず
 鷹はどんなに飢えていても人間が作った稲穂を食べたりしないことから、節操ある人はどんなに生活に困っていても理由なくして欲望を満たすことはないということ。

立つ鳥跡を濁さず
 水鳥が飛び立ったあとの水は濁ることなく澄んでおり、人間もきれいに見苦しくないよう立ち去ること。


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ことわざ その2

矯めるなら若木のうち
 木の枝ぶりを直すには柔らかい若木のうちでないと成長してからでは固くなって直りにくいように、人も同じで柔軟性のある若いうちに欠点や悪い癖を直しやすい。

塵(ちり)も積もれば山となる
 塵のようなとても小さなものでも積み重なれば山のようになるので、些細なことでも決しておろそかにしてはいけないということ。

朔日(ついたち)ごとに餅は食えぬ
 正月以外は一日だからと言って餅が食べられるわけではなく、一度いいことがあったからといっていつもいいことばかりあるとは限らないということ。

搗(つ)いた餅より心持ち
 ついた餅をもらうことはうれしいがそれよりもくれたという心づくしは一層うれしいもので、人に何かあげるときは品物よりもあげる気持ちが大切であるということ。

月夜に釜を抜かれる
 明るい月夜だからといって安心していたら、釜を盗まれてしまったということで、何事も油断してはいけない。

角を矯(た)めて牛を殺す
 矯めるとは矯正することで、曲がっている牛の角をまっすぐにしようとして牛を殺してしまうことで、少しの欠点に拘っているとすべて台無しになること。

出る杭は打たれる
 一本だけ高い杭はほかの杭と同じ高さまで打たれてへこまされる。優れた才能を持って頭角を現す人は妬まれたり憎まれたり嫉まれたりするということ。

天は二物を与えず
 天はひとりの人間に二つの長所を授けたりはせず、人には長所と短所があり長所ばかり備えた完璧な人間はいないということ。

捕らぬ狸の皮算用
 まだ捕ってもいないうちから狸の皮を売って得られる利益を計算することで、確実でないことをあてにして色々と計画しても意味がない。

鳴く猫は鼠を捕らぬ
 よく鳴く猫はあまりネズミを捕らず、人間も同じでよくしゃべる人間は口先だけで実行が伴わない人が多いので有言実行を心がる。

 

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ことわざ その3

情けは人の為ならず
 人に情けをかけることはその人のためになるだけではなく、いつかはめぐりめぐりて自分によい報いが返ってくること。もう一つの意味は、情けをかけることが本当にその人のためにならず、逆に厳しく対応した方がいいということ。

七転び八起き
 七回転んでも八回起き上がること。何度失敗してもあきらめずに頑張れば明るい未来が見えてくるということ。

生兵法(なまびょうほう)は大怪我のもと
 生兵法はちょっと聞きかじった武術、戦術。戦い方を少しばかり知っているとそれに頼って大けがをするということで、中途半端な知識や技術で取り組むと返って大きな失敗をする。

習うは一生
 学ぶべきことは一生を通じてあり、生涯勉強の連続であるということ。

ならぬ堪忍するが堪忍
 もうこれ以上我慢できないというところを我慢するのが本当の堪忍であり、どんなに腹が立っても最後まで通さなければそれまでの堪忍が無駄になってしまうということ。

握れば拳(こぶし)開けば手のひら
 同じ手でも握れば人を殴るこぶしとなるが、人と仲良く握手もでき、手を開けば心も開くし人生も広がってくる。たとえ同じ手でも、気持の持ち方や状況次第で変わってくる。

能ある鷹は爪を隠す
 有能な鷹は獲物を捕るための鋭い爪を普段は隠しており、優れた才能を持った人はやたらと自分の才能をひけらかさないということ。

這(は)えば立て立てば歩めの親心
 親は子供が這うようになると今度は早く立てることを願い立ったら歩くことを望み、親はわが子の成長を楽しみに待っているということ。

腹立てるより義理立てよ
 人に腹を立てたところで何にもならず、同じ立てるなら義理をを立てた方が角も立たないし自分のためにもなるということ。

人の振り見て我が振り直せ
 自分のことよりも人の姿や行動は客観的にみられるので、人の行動を参考にして自分の悪いところを改善するよう心掛けるということ。

富士の山を蟻がせせる
 せせるとはつついて掘ることで、富士山を蟻がいくらつついて穴をあけたところで富士山はびくともせず、自分の力をわきまえず大きなことを企画してもうまくはいかないということ。

 

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ことわざ その4

武士は食わねど高楊枝(たかようじ)
 武士は貧しくて食事ができないときでも十分食べた振りをして楊枝を悠然と使いひもじさをみじんも見せないということで、たとえ貧しい境遇にあっても人間としての誇りは持とうということ。

下手の長談義
 未熟な僧侶ほど説法が長く聴衆を退屈させてしまいせっかくの説法も何の効果もなくなること。話の下手な人に限ってだらだらとつまらない話をし相手をうんざりさせてしまうので、話は要領よく簡潔に。

仏の顔も三度まで
 仏様でも一日に三度も顔をなでまわされれば腹を立てるということで、どんなに優しく温厚な人でも何度も無礼なことをされれば怒るということ。

仏作って魂入れず
 仏像を造っても魂が入っていなければ普通の石や木と同じであって、せっかく作っても重要なことが抜けていては意味がないこと。

蒔(ま)かぬ種は生えぬ
 種を蒔かなければ何もはえてこず、何もしないで良い結果を期待しても無理であって、努力して初めて叶えられるのである。

待てば海路の日和あり
 海が荒れていてもじっと待っていれば、いつか静まり航海に適した日がやって来るということで、今はうまくいかなくてもじたばたせず、じっと待っていればいつかきっと幸運が巡ってくる。

学ぶ門に書(ふみ)来る
 学問が好きで熱心に学んでいる人の所には自然と書物が集まってくる。何事も日頃から熱心に取り組んでいれば自然と道は開けてくるということ。

身から出た錆(さび)
  刃物は刀身から出た錆びで腐り価値を失い、自分自身で悪い行いをするとあとから災難を受けて苦しむため良い行いをしなければならないということ。

実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな
 稲の穂は熟すほど実が重くなって垂れ下がって来て、人も学問もでき人格も深まっていくほど謙虚になるということで、決して威張ったりうかれたりしていけない。

 

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ことわざ その5

物言えば唇寒し秋の風
 松尾芭蕉の句で、人の短所をけなしたり自分の長所を自慢したあとは何となく不快な気分になるもので、人の悪口など余計なことを言うと思いがけない災いを招くことになるので口は慎むこと。

桃栗三年柿八年
 芽が出てから実を結ぶまでに桃と栗は三年かかり、柿は八年かかる。何事もうまくいくまでにはそれなりの年月を我慢することが必要であるということ。

門に入らば笠をぬげ
 他人の家を訪れたときは門を入った所で笠を脱いであいさつするのが礼儀であるということ。

焼野の雉(きぎす)夜の鶴
 きぎすはきじのふるい呼び名で、雉は住んでいる野を焼かれると子を助けるためにわが身の危険を顧みずに巣に戻る。巣ごもる鶴は霜の降りるような寒い夜には子供がこごえ死にしないように自分の翼を広げておおうということで、わが子を思う親の愛情は深いもの。

葦(よし)の髄(ずい)から天井を覗く
 葦の茎のように細い穴を通して天井を覗いてみて全てを見たと思い込んでも実際はごく一部しか見えていないということで、狭い見聞や知識で大きな問題を論じたり判断したりすると間違うってしまうので注意が必要ということ。

来年のことを言えば鬼が笑う
 だれも分らない来年のことを言えば鬼でさえも笑ってしまうということで、予測できない将来のことをあれこれと言ってみてもはじまらない。

琉璃の光も磨きがら
 琉璃は七宝という七種の宝玉のひとつで青色の美しい宝玉。瑠璃が美しく輝いているのはよく磨かれているからであり、どんなに才能をもった人でも努力しなければその才能を発揮することはできないということ。

論語読みの論語知らず
 論語の難しい文を読めるようになってもその本来の意味を理解していないということで、書物を読んで表面的に分かっても実行しなければ知らないのとおなじこと。

渡る世間に鬼はない
 世の中は鬼のような無情な人ばかりではなくて情け深く親切で優しい人もいるということ。

笑う門には福来たる
 門は家のことで、いつも笑い声に満ち溢れた明るい家には自然と幸福がやってくるし、辛いことがあっても希望を捨てずにいれば幸せになるということ。

 

テーマ : 哲学/倫理学
ジャンル : 学問・文化・芸術

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